話し合っても意味がないように感じる

組織で何かを決める場面では、しばしば「話し合い」が行われます。しかし、それが自分の専門分野だったり、日頃から深く考えてきた領域である場合、他人の案に対して「本当にこれがベストなのか?」「重要な観点が抜けているのでは?」と違和感を覚えることもあります。その結果、どうしても納得しきれないまま話が進んでしまうことも少なくありません。
自分自身が見落としているポイントを補う提案であれば、積極的に受け入れることができます。しかし、実際の合意形成では「全員の意見を取り入れよう」とするあまり、本来狙っていた行動や結果を明確に導けず、ぼんやりとした、誰も本気で納得していないような結論に落ち着いてしまうことがあります。
例えば、新商品開発を検討する場面で、「若年層向けに手頃な価格帯の商品を作る」という案と、「高齢者向けに高価格・高付加価値の商品を作る」という案が出たとします。
本来ならそれぞれ別の商品として開発するほうが効果的ですが、双方の意見を融合してしまった結果、「若年層向けに価格は抑えつつ、高齢者向け機能も追加する」という曖昧な方向になるようなイメージです。
結局どちらのターゲットにも響かない、「誰にも刺さらない商品」といった形です。本来課題解決のために話し合っているのに、話し合うことと調和を重視するあまり、本質を先送りする形になってしまいやすいです。
ただ、話し合うことは無駄だ。ということか、と言われるとそうではなく、話し合うことは大事なことです。やはりコミュニケーションを重ねていかないと、具現化していかないものも多いです。
それに、双方を高めあうポジティブな議論の形となれば、アウトプットの精度は自分一人では出せないものに到達することができるとも思います。
しかしながら、しっかりと議論できているか?と問われると微妙な内容も多く、本来は3時間必要な内容を、1時間で終わらせていることが常、という現実があります。
マンツーマンではスムーズなケースもある

それでも、マンツーマンであれば話がスムーズに進むと感じる場面は少なくありません。
たとえ細切れの時間であっても、課題解決的なコミュニケーションの機会を意識的に設けることで、相手の立場や考えを丁寧に拾い上げることができ、納得感のある着地点を見つけやすくなります。
マンツーマンでは、周囲の目や立場的な力関係の影響が少ない分、比較的率直に「本音ベース」のやり取りができることも大きな利点です。
たとえば、「Aを通す代わりにBを受け入れる」といった交渉がしやすくなり、相互理解に基づいた建設的な合意が形成されやすくなります。
特に、双方が「いま何がボトルネックなのか」を共有できると、問題の構造が整理され、それに対してどんな順序で何を解消すべきかが見えてきます。
私自身も、これまでの業務改善や仕組化の取り組みにおいて、1対1でじっくりと話ができる状況であれば、構造的な課題を的確に捉え、柔軟かつ現実的な改善案を導き出すことができました。
合意形成の質という意味では、マンツーマンの場が一番高かったと実感しています。
とはいえ、どんな相手ともマンツーマンでうまくいくとは限りません。どうしても相性や落としどころが合わない人もいますし、関係性の問題ではなく、相手が問題の構造を共有しようとしない場合、対話そのものが成立しません。
そうしたときは、第三者を巻き込む、別の場であらためて設計し直す、立場を変えるなど、マンツーマンを前提としない方法での突破が必要になります。業務上は一対一で完結するケースばかりではないのです。
たとえマンツーマンで合意形成ができたとしても、それを広げ、複数人を巻き込んで動かしていく力がなければ、仕事としての成果にはつながりにくいのです。
このように、マンツーマンで得た納得や信頼を、どうやって複数人に拡張し、チームや組織の中で「動く合意」に変えていくか。ここにこそ、リーダーシップとしての難しさと工夫が求められるのです。
リーダーシップを発揮するうえで複数人に拡張する

マンツーマンでのやり取りがうまくいったあとは、そのやり方を複数人に広げていくことで、はじめて「チームとしての動き」をつくることができます。これが、肩書に関係なくリーダーシップを発揮していく上で避けて通れない一歩です。
では、どうすればその「拡張」ができるのでしょうか。それは、場の設計と巻き込み方の工夫にあるでしょう。
まずは、自分とだけではなく、他メンバー間でも対話ができる場を作ることです。たとえば、チームミーティングの中で「個別に話したときはこういう課題感があったよね。」とマンツーマンの内容を共有しつつ、全体での議論に転換していくことで、理解を共有する接着剤の役割を果たせます。
また、「この人には従いたくない」という感情や相性の悪さがある場合でも、相手に直接アプローチするのではなく、間接的な共通の目的や数字、事実を軸に話を持ち出すことで、個人対個人の対立構図を回避できます。
さらに、拡張には実験的な進め方が有効です。たとえば「この案、まずは1週間だけ試してみて、良くなかったら元に戻すというのはどうでしょうか?」という形で、提案のハードルを下げます。 これにより、周囲の人も「意見を出しても取り返しがつかない」という不安から解放され、参加しやすくなります。
実際、一度動き出した案は、しっかりと考えが伴っているのなら、よほどのことがない限りもとに戻されない可能性が高めです。だからこそ、仮でも一歩踏み出してみることが重要で、そこから初めてフィードバックが生まれ、現実の課題が見えてくるのです。
また、現場の声が出ていないと感じたときは、「この案、〇〇の点では良いと思うんですが、××の点ではどう感じますか?」と、一歩踏み込んだ問いかけをしてみることも有効です。 ただし、この動きが上長やリーダーの進めようとしている順序や方針から逸れてしまうと、逆に反発や混乱を生む可能性もあります。個別の会話も、上を差し置いて勝手に進めている形になってしまう懸念もあります。
そのため、あらかじめ上長に対して「この点を確認してもよいですか?」と一声かけておく」「事前に懸念点を共有しておく」などの根回しが大切です。
自分自身に明確な意図や方向性があるなら、その意思を伝えることで進められますが、そうでない場合は、上長との連携をとりながら、組織の順序を乱さずに問いや提案を挟む工夫が求められます。
リーダーシップを最大限発揮するには権限が必要

リーダーシップにはさまざまな形がありますが、私自身が目指したいと感じているのは、現場で信頼を積み重ねながら動く「調整型リーダー」のあり方です。空気を読みすぎず、持続可能な判断を下し、裏側から支えるようにして意思決定の設計を行う。そのような姿勢にこそ、組織を前に進める力があるように思います。
ただ、そうしたリーダーシップを発揮するには、やはりある程度の権限が必要だと感じています。自分の裁量で動ける範囲が限られていると、どれだけ課題意識や改善意欲があっても、最後のひと押しができない。特に、批判的な提案や深い改善を進めるような場面では、「誰が言ったか」「どこまで責任を持てるか」が問われるため、形式的な肩書やポジションが大きく影響してきます。
現場で細かく問題を拾って動く人ほど、「細かい」「うるさい」と煙たがられがちですし、評価制度が未整備の段階では、その貢献が表面化せずに見過ごされてしまうという構造もあるように感じています。(口うるさくなるような背景は深堀できる部分がありますので、また別途書きたいと思います。)
私自身の経験でも、難易度が高く、日々の業務を支えるような地道な仕組みづくりに取り組んできた方が、成果としては見えにくく、なかなか評価されにくい場面を何度か見てきました。一方で、評価制度が形になってきたタイミングで、より見えやすい仕事を任された人が、きれいに成果を積み上げて評価されていくという構図もありました。
仕組み化を進める過程では、最初に取り組んだ人のほうが制度や体制の不完全さに直面するため、どうしても負荷が高くなりがちです。それに対して、あとから関わる人は整備された仕組みの上で動けるため、有利に見えることもある。そうした現象は、少なくとも私の身の回りでは起きていたように思います。
だからこそ、問題意識がある人ほど、できる範囲で早めに権限を得ておくことが有効だと感じます。そして、自分の考えを投入できる量は、経験年数や貢献度、市場力学なども影響するものの、主には役職や権限によって増やしていけるものだと思います。
調整型リーダーが評価されにくい構造と、その乗り越え方
ちなみに、組織の中で何かを変えようとしたとき、「仕事の量と質で評価される」「権限をもらう」「議論をまとめる」といったステップを踏んでいくのが一般的ではないでしょうか。まずは目の前のタスクで実績を出し、次に小さな権限を得て、そこから周囲を巻き込んで意思決定に関わっていく。この順番は、信頼構築の自然な流れとして多くの人にとって納得できるものです。
しかし、現実にはそうした流れが機能しない場面も少なくない気もしています。ポストが限られている、昇進ルートが形式的で動きづらい、評価の仕組み自体が硬直している。こうした構造のなかでは、「能力がある=権限が与えられる」とはならず、やる気のある人ほどフラストレーションを感じやすい状況に置かれてしまいます。
たとえば、自分なりに改善を重ね、成果を出しているにもかかわらず、役職がないというだけで意思決定の場に呼ばれなかったりする。結果的に、組織としての方向性に影響を与えることができず、当事者意識を持って動いてきた人が、発言の重みを持てないまま埋もれていくのです。
こうした構造の中でも、調整型リーダーとして動きたいのであれば、「正面から権限を取りに行く」ことだけが唯一の手段ではありません。小さな場から信頼を積み、現場の声を可視化し、対話の空間を整えていくことそのものがリーダーシップの発揮であると捉える視点も必要です。
そのうえで、「小さな成功体験」を積み重ね、周囲から見える形で役割を広げていくことが、結果的にポストや裁量権につながっていく道筋でもあります。
名ばかりのリーダーを支える調整型リーダー

そしてもう一つ、現場で起きている事実として無視できないのが、「名ばかりのリーダー」の存在です。
組織によっては、肩書きは与えられているものの、実際には判断力や対話力が伴っていなかったり、マネジメントのタスク量が多すぎて機能不全に陥っていたりするリーダーがいるかと思います。
ピーターの法則にあるように、「出世するだけ出世したが、役割に見合う能力が追いついていない」状態もあるかと思います。
ただし、それは本人の資質の問題だけではなく、マネジメントが成り立たないほどのタスク負荷が背景にあることも多いのです。そうした状況で求められるのが、調整型リーダーの存在です。
名ばかりのリーダーが全体の指揮をとるのが難しいとき、現場の納得感や意思決定の整合性を保つために、周囲が「対話」と「設計」で支える必要があります。
調整型リーダーは、方針が決まっても現場の理解が追いつかないときに、その橋渡しを担い、構造から問題を捉え直して「納得できる判断の筋道」を引き直します。また、上からの押し付けで進めるのではなく、対話を通じて現場の選択肢として浸透させる動きができる面があると思います。
無理にリーダーに対抗するのではなく、リーダーが理解できる範囲の中で意思決定を整理し、補完する。この姿勢こそが、調整型リーダーの要となるでしょう。
調整型リーダーとしての一歩

調整型リーダーとしての行動は、派手ではないけれど、組織の土台を整えるような意義があります。その一方で、評価されにくい、役職につながりにくいという側面があるのも事実だと思います。
端的に行動をわかりやすく示そうとすると、どうしても、浅く広くのような動きになってしまいます。
だからこそ、自分がどれだけそのポジションで動くのか、一つの目安を持っておくことが大切です。たとえば、「2〜3年は腹をくくってやってみる」「評価されるまでではなく、評価される土台をつくる期間と捉える」といったような視点です。
ずっと裏方に徹する必要はありません。どこかで「このやり方では限界だ」と思ったら、その時点で立場を見直すことも必要です。支える役割は、戦略的に選ぶものであって、ずっとそこにとどまるべきものではありません。
それでも、「一度はやってみよう」と思えるかどうか。覚悟を持って支える経験をした人には、組織の構造や人間関係の深層が見えてきます。そしてそれは、どんな立場でも通用するリーダーシップの土台になるはずです。